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2012年1月22日 (日)

講演の感想5 上尾と地震

2011年12月26日上尾市プラザ22において、埼玉代協中央支部主催で、上尾市市民安全課の方を講師にお呼びし地震対策セミナーを開いた。これは、今後30年間で88%の確率で発生すると言われる東海・東南海地震に備えることを目的としたもの。

2012年1月23日追記:東大地震研究所は、M7と推定される南関東地震の発生確率を今後4年以内に70%、30年以内に98%の確率とした。


セミナーの要旨は下記の通り。

1.上尾は、阪神淡路大震災型の建物倒壊を中心とした被害となるだろう。阪神淡路では死因の83%が倒壊建物・家具による窒息・圧死・外傷。

2.東日本大震災時の上尾での帰宅困難者は120名おり、上尾駅西口の谷津公民館、プラザ22、コミュニティセンターに泊まった。

被害は、

死者ゼロ 、重傷1名、軽傷3名。

建物半壊2件、一部損壊343件。

墓石・灯籠転倒16カ所。ブロック塀転倒16カ所。

地割れ6カ所。停電36,000世帯。

3.上尾に最も近い活断層は、綾瀬川断層で、鴻巣〜伊奈町へ通っている。北は深谷断層に連なる。埼玉県西部には名栗断層〜立川断層がある。

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4.過去の上尾の震災被害は、
①関東大震災(1923年大正12年9月1日 M7.9)のときに、死者4名、家屋損壊126棟。埼玉県全体では、県南東部を中心に死者316名、負傷者497名、家屋損壊9,268棟。
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関東大震災時の都心部の火災による煙を立川から撮った写真。距離的には上尾からもこのような煙が見えたと思われる。

②西埼玉地震(1931年昭和6年9月21日 M6.9)のときに、死者ゼロ、家屋3棟損壊、墓石・灯籠は全て東向きに倒れた。埼玉県全体では、死者11名、負傷者114名、家屋損壊172棟。灯籠が全部東に倒れたということは、最初の大揺れが西に揺れ動いたということだろう。
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5.綾瀬川断層による地震被害の予想
上尾市の被害予想は、死者19名、避難者数21,031名、建物全壊313棟。

6.阪神淡路大震災では、1982年(昭和57年)以降に完成した建物は、1981年5月31日施行の新耐震基準となっており、小破、軽微、損傷なしが85%を占める。さらに2000年(平成12年)に再度建築基準法が改正されて壁配置・接合部の緊結、基礎の規定が強化された。

7.上尾市では、耐震診断費の二分の一かつ25,000円を限度に診断費補助をしている。現地診断は10万円程度かかる。木造住宅の無料簡易診断も行っている(図面による)。

8.上尾市の震度計は、本町3丁目にある。

9.上尾市のマンホールトイレは、浅間台公園、上平公園、運動公園など61カ所にあり、年に2カ所増設している。これは断水・停電などにより家庭のトイレが使えなくなったときに公共下水のマンホールに仮設トイレを設置できるようにしたもの。

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災害時マンホールトイレのイラスト(提供:長谷工コーポレーション)

 

10.家屋の消火時は、天井に火が燃え広がったら逃げる(消火不可能)。

11.避難時はブレーカーを切る。復帰時にショートしたり感電する危険がある。

12.めがね、薬、ラジオ、電池、ホイッスル等を枕元に近いところにまとめておく。

13.ハザードマップが上尾市のホームページに公開されている。

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黄色くなっているところが、やや倒壊の危険度が高い。

以上のような話を聞かせてもらった。

保険代理業をしていると、地震=地震保険である。しかし、保険とは別に自助努力の部分、助け合う共助の部分がなにより大切だと実感した。

さて、ここからは私の見つけた余談です。

日本列島は中央構造線という地学上の線により南北に分けられます。朝鮮半島から樺太の間にあり大陸から離れて東進してきた北半分と、上海の東側、揚子大陸東端から分離してイザナギプレートに乗って北上してきた南半分の接合部が中央構造線です。


その中央構造線が上尾の真下を通っているという話。というか、私のマンションの真下です。はい。




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ジュラ紀から白亜紀前期の日本です。黄色い部分です。関東地方は揚子江の東の先、現在の東シナ海というか、現在の沖縄付近にありました。これら南半分が北上して、大陸から来た北半分と合体したのです。

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白亜紀後期の日本。北半分と南半分が合体し中央構造線ができました。少し日本ぽくなりました。

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九州大分、四国鳴門、和歌山紀ノ川、愛知渥美半島、長野諏訪湖から千葉県柏方面へ通じる中央構造線。元々、九州から関東まで直線的に続いていたが、伊豆半島がフィリピン海プレートに乗って日本列島に衝突、北側へ曲げられた。

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そう言われてみれば、線のようなものが見えなくもない?(Google Earthより)

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関東にズームアップします。中央構造線は妙義山の南を通り寄居町、上尾、千葉県柏、霞ヶ浦へ抜けていくきます。秩父長瀞の岩畳は中央構造線南側の岩が露出している部分らしいです。

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さらに拡大。高崎線上尾駅、ニューシャトル吉野原駅、宇都宮線東大宮駅のあたりを通っています。

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ものの見事に上尾駅直下を通っていました。なんと私の住むマンションの真下も通過。1億8千年前のジュラ紀に端を発する由緒ある断層です、っておい。

中央構造線googleマップへのリンク


この中央構造線は綾瀬川断層や深谷断層に平行していますが、活断層ではありません。活断層ではないけれど、地球の内部は常に動いていますから、いつかは動くでしょう。日本の形も変わるということです。ただそれには何万年とかの単位になるでしょうから、気にしてもしようがないですね。地震のメカニズムについてはもう少し勉強してみます。


2017年7月3日追記:

宿題のひとつ、中央構造線。時間はかかりましたが、2016年に調べ、下記のとおり当ブログ記事としてまとめました。

中央構造線をさぐる さいたま市編

中央構造線をさぐる 香取神宮、鹿島神宮編

中央構造線をさぐる 長野県溝口(みぞぐち)露頭

中央構造線をさぐる 群馬県下仁田編

中央構造線をさぐる 長野県大鹿村編

中央構造線をさぐる 愛知県新城(しんしろ)市 長篠編

中央構造線をさぐる 渥美半島から伊勢神宮編

中央構造線をさぐる 埼玉県吉見変成岩

 

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