火災保険の風災補償
火災保険をご希望の方に、補償内容を説明していて、お客様にその必要性を語るのに難儀するのが「風災補償」である。
なにせ、この災害にはなかなか出くわさないので、お客様はイメージがしずらい。私のお客様に限ると風災補償の適用事故は13年間で4回ある。屋根が飛んだのが2回、アンテナが折れて隣家に落ちたのが1回、マンションの外壁タイルが剥がれたのが1回。全て台風がらみ。損害額は比較的少額だった。
また、風災補償と同じ補償項目には雪災・ひょう災補償も含まれている。これも地元埼玉ではイメージしずらい災害だ。しかし、上尾市内のお客様で、2010年3月の湿った大雪の時に、重い融雪が屋根から一度に大量落下、下にあったプラスチックのひさしが粉砕され軽量鉄骨が曲がるという事故があった。もちろん保険金支払い対象である。
風災では、竜巻がもっとも大きな被害が出る。お客様には竜巻の話をするのだが、私自身が現場を見たことがなかったので、説得力ある説明ができていたかどうかはあまり自信がない。
昨日、郡山市での放射線測定の帰り、常磐道路を走行中にテレビから流れてきてた音声に耳を澄ましていたら、つくば市での竜巻被害の報道が聞こえてきた。しばらくすると、うしろからサイレンを鳴らして大型車が走ってくる。道を空けるとなんと、NTTの電源車だった。発電機を積んでいる。ということは、竜巻によって停電があったと推測された。
これは、「竜巻の現場を見なさい」というお告げ?と感じた。
最寄りのインターチェンジで降り、携帯で、グーグル検索してみた。
つくば 竜巻
これで検索をかけたら、つくば市北条、という場所で竜巻があったとわかった。ナビに住所をセットしてすぐに向かう。現場近くでは信号が停電していて、警察が交通整理をし、緊急車両や地元の自動車以外を迂回させる。私はうまい具合に裏道を通って、現場付近にクルマをとめ、徒歩で向かった。
電柱が折れているだけでなく、家の形に折れ曲がってまとわりついていた。
住宅の壁面は、他の家から飛んできた瓦がグサリと刺さっている。
真っ白なガードレールには茶色い泥がびっしりと付着していた。建物の壁面やクルマの車体も茶色い泥がびっしりと付着。テレビで見た竜巻の黒っぽい渦は、泥水でできた渦だと思われる。
火災保険は、自由設計タイプであえて外さない限り、基本補償として、火災・落雷・爆発とともに風災を補償するように設計されている。風災を外せる商品を用意している保険会社は、富士火災など何社かあり、保険料はその分安くあがる。しかしその安くあがった分は、自分で「リスクを引受け」したことになり、自分で補償することになる。リスクの引受を「生業(なりわい)」としているのが保険会社であるから、外した補償の部分に限れば、自分が保険会社になったようなものである。
私が代理をつとめる東京海上日動を始めとした大手損保の火災保険は、総合タイプでなくとも風災は自動補償される。逆に言うと選択の余地無く補償が付いてくるし、そのリスクに見合った保険料も頂いている。今回の竜巻で破損した住宅、店舗などは、これら風災付きの火災保険に入っていれば修復費、再建築費などが保険金として支払われる。竜巻では建物だけでなく、内部の家財や店舗の什器なども相当やられてしまうが、家財、什器も同様の火災保険に入っていないと対象外となるので注意が必要だ。
話は少し横道にそれるが、自分でリスク引き受けることは決して特別なことではなく、大手企業でもやっている。業界用語では、「自家保険」と呼んでいる。どちらかというと、少額な事故が数多く発生するようなリスクに対して行う。数が多ければ「大数の法則」が働き、どれくらいの資金を用意しておけばいいのか、算出しやすくなる。
竜巻はどうか?竜巻災害は、高額で数は少ない。こういう場合は保険が合う。今回の竜巻で約2000棟が被害を受けたとのことだ。1棟の損害額を1000万円と仮定して、200億円。おおざっぱに保険会社5社で割って、1社あたり40億円となる。各社数十億円の支払いとなるだろう。
さて現場に近づくと、写真ではわからないが、現地は木材や畳のにおいがする。水分を含んだ木材が外壁や壁紙から離れ、むき出しになって匂うのだ。木造建築現場の匂いと同じだ。また、竜巻の通った周辺部では、洗車している人が多かった。茶色い泥水が旋風となって、建物や自動車に吹き付けたのだろう。
消防団の若い男性達5人くらいが、つぶれかけた家々を回り、「ここはおばあちゃん一人暮らしなんだ」と言いながら、家の中に向かってみんなで「○○さん、いませんかぁ?」と大声で声をかけていた。
そんなひどい状況の中、トントントンという修復の槌音も各所で聞こえた。屋根にのぼっててきぱきと瓦を修復したりシートを貼っていた。高所作業車も多数出ていて、電線の復旧を急いでいた。
竜巻は、地震や台風とならぶ典型的な天災だ。耐え、祈り、復旧し、のど元を過ごさせ、忘れるしかない。そうしてまた新たな日々を送る。良きにつけ悪しきにつけ、そのような、一種の軽やかさを持つのが日本人だ。太古の昔から、天変地異、自然とのつきあい方をDNAに刻み込んでいる。
話は昨日の記事に戻るが、放射線災害は別だ。忘れることを許されない災害。のど元を過ぎてくれない災害。放射線災害とのつきあい方は、47億年の地球の歴史上、始まったばかり、未知の災害である。そして補償範囲の広い火災保険といえども、放射線災害は、戦争被害とならんで補償対象とならない。市民がリスクをまるまる受けとめる必要のある災害である。
奇しくも2012年5月5日深夜、最後まで残っていた稼働原発が止まった。日本は一つの岐路にさしかかっている。それは世界の先頭を行くかもしれない、あるいは日本を疲弊させる決断であるかもしれない。そのような時代の入り口に我々日本人は立っているのだろう。









































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