2012年5月 7日 (月)

火災保険の風災補償

火災保険をご希望の方に、補償内容を説明していて、お客様にその必要性を語るのに難儀するのが「風災補償」である。



なにせ、この災害にはなかなか出くわさないので、お客様はイメージがしずらい。私のお客様に限ると風災補償の適用事故は13年間で4回ある。屋根が飛んだのが2回、アンテナが折れて隣家に落ちたのが1回、マンションの外壁タイルが剥がれたのが1回。全て台風がらみ。損害額は比較的少額だった。



また、風災補償と同じ補償項目には雪災・ひょう災補償も含まれている。これも地元埼玉ではイメージしずらい災害だ。しかし、上尾市内のお客様で、2010年3月の湿った大雪の時に、重い融雪が屋根から一度に大量落下、下にあったプラスチックのひさしが粉砕され軽量鉄骨が曲がるという事故があった。もちろん保険金支払い対象である。



風災では、竜巻がもっとも大きな被害が出る。お客様には竜巻の話をするのだが、私自身が現場を見たことがなかったので、説得力ある説明ができていたかどうかはあまり自信がない。



昨日、郡山市での放射線測定の帰り、常磐道路を走行中にテレビから流れてきてた音声に耳を澄ましていたら、つくば市での竜巻被害の報道が聞こえてきた。しばらくすると、うしろからサイレンを鳴らして大型車が走ってくる。道を空けるとなんと、NTTの電源車だった。発電機を積んでいる。ということは、竜巻によって停電があったと推測された。



これは、「竜巻の現場を見なさい」というお告げ?と感じた。



最寄りのインターチェンジで降り、携帯で、グーグル検索してみた。

つくば   竜巻

これで検索をかけたら、つくば市北条、という場所で竜巻があったとわかった。ナビに住所をセットしてすぐに向かう。現場近くでは信号が停電していて、警察が交通整理をし、緊急車両や地元の自動車以外を迂回させる。私はうまい具合に裏道を通って、現場付近にクルマをとめ、徒歩で向かった。

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電柱が折れているだけでなく、家の形に折れ曲がってまとわりついていた。

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古い商店街が端から端までやられていた。

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住宅の壁面は、他の家から飛んできた瓦がグサリと刺さっている。

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真っ白なガードレールには茶色い泥がびっしりと付着していた。建物の壁面やクルマの車体も茶色い泥がびっしりと付着。テレビで見た竜巻の黒っぽい渦は、泥水でできた渦だと思われる。

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爆撃の跡のようにめちゃくちゃだった。



火災保険は、自由設計タイプであえて外さない限り、基本補償として、火災・落雷・爆発とともに風災を補償するように設計されている。風災を外せる商品を用意している保険会社は、富士火災など何社かあり、保険料はその分安くあがる。しかしその安くあがった分は、自分で「リスクを引受け」したことになり、自分で補償することになる。リスクの引受を「生業(なりわい)」としているのが保険会社であるから、外した補償の部分に限れば、自分が保険会社になったようなものである。




私が代理をつとめる東京海上日動を始めとした大手損保の火災保険は、総合タイプでなくとも風災は自動補償される。逆に言うと選択の余地無く補償が付いてくるし、そのリスクに見合った保険料も頂いている。今回の竜巻で破損した住宅、店舗などは、これら風災付きの火災保険に入っていれば修復費、再建築費などが保険金として支払われる。竜巻では建物だけでなく、内部の家財や店舗の什器なども相当やられてしまうが、家財、什器も同様の火災保険に入っていないと対象外となるので注意が必要だ。





話は少し横道にそれるが、自分でリスク引き受けることは決して特別なことではなく、大手企業でもやっている。業界用語では、「自家保険」と呼んでいる。どちらかというと、少額な事故が数多く発生するようなリスクに対して行う。数が多ければ「大数の法則」が働き、どれくらいの資金を用意しておけばいいのか、算出しやすくなる。




竜巻はどうか?竜巻災害は、高額で数は少ない。こういう場合は保険が合う。今回の竜巻で約2000棟が被害を受けたとのことだ。1棟の損害額を1000万円と仮定して、200億円。おおざっぱに保険会社5社で割って、1社あたり40億円となる。各社数十億円の支払いとなるだろう。





さて現場に近づくと、写真ではわからないが、現地は木材や畳のにおいがする。水分を含んだ木材が外壁や壁紙から離れ、むき出しになって匂うのだ。木造建築現場の匂いと同じだ。また、竜巻の通った周辺部では、洗車している人が多かった。茶色い泥水が旋風となって、建物や自動車に吹き付けたのだろう。



消防団の若い男性達5人くらいが、つぶれかけた家々を回り、「ここはおばあちゃん一人暮らしなんだ」と言いながら、家の中に向かってみんなで「○○さん、いませんかぁ?」と大声で声をかけていた。



そんなひどい状況の中、トントントンという修復の槌音も各所で聞こえた。屋根にのぼっててきぱきと瓦を修復したりシートを貼っていた。高所作業車も多数出ていて、電線の復旧を急いでいた。





竜巻は、地震や台風とならぶ典型的な天災だ。耐え、祈り、復旧し、のど元を過ごさせ、忘れるしかない。そうしてまた新たな日々を送る。良きにつけ悪しきにつけ、そのような、一種の軽やかさを持つのが日本人だ。太古の昔から、天変地異、自然とのつきあい方をDNAに刻み込んでいる。





話は昨日の記事に戻るが、放射線災害は別だ。忘れることを許されない災害。のど元を過ぎてくれない災害。放射線災害とのつきあい方は、47億年の地球の歴史上、始まったばかり、未知の災害である。そして補償範囲の広い火災保険といえども、放射線災害は、戦争被害とならんで補償対象とならない。市民がリスクをまるまる受けとめる必要のある災害である。




奇しくも2012年5月5日深夜、最後まで残っていた稼働原発が止まった。日本は一つの岐路にさしかかっている。それは世界の先頭を行くかもしれない、あるいは日本を疲弊させる決断であるかもしれない。そのような時代の入り口に我々日本人は立っているのだろう。

郡山市の放射線を考える

東北道を北上し、福島県郡山市の放射線量を計測してみた。

まずは、手前の白河市(白河インターチェンジ付近)。
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毎時0.21マイクロシーベルト。0.23以上で徐染というのが国の基準なので、ぎりぎりセーフ。



白河を過ぎると郡山市の手前に鏡石町という場所がある。
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毎時0.11マイクロシーベルト。これなら埼玉県上尾市とほぼ同じ。


郡山インターチェンジを降りると少しずつ数値が上がった。
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郡山市役所の手前で毎時0.36マイクロシーベルト。徐染基準を上回った。

市役所前を通過する頃にはさらに上がる。
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この日の最高値、毎時0.49マイクロシーベルトを記録。これが郡山市役所から郡山駅に向かう最もビルや商店などの並ぶ大通りの道路上の数値である。人通りもかなり多い。東京海上日動の福島支店も目と鼻の先だ。


郡山市役所の向かい側には開成公園という大きな公園があった。この日は「ラーメン大会」という催しが開催されていて、そのためにひどい渋滞があったようだ。

帰宅してから知ったのだが、この郡山市「開成公園」は放射線ホットスポットとして有名だった。2012年4月に公園内で行われた「お花見」の場所では、毎時0.6マイクロシーベルトが記録されている動画があった。郡山市では震災後の早い段階から、この公園の高い数値には気づいており、それなりに徐染をしてきているようだ。しかし、水が流れ込みやすい低いところ、コケや芝生や草の生えているところはなかなか徐染をしても数値が下がらないようだ。

放射線源たる原子は、移動するだけで、崩壊しきるまでこの世から無くならない。落ち葉や枝を焼却するたびに空中に舞い上がり、それが再び高いところから低いところへ戻ってくるのだろう。また、全く報道はされないが、福島第一原発からは放射線源となるセシウムなどの原子が今でも有る程度放出されているはずである。まず、原発がコンクリートで密閉されていないこと、まわりのがれきや土壌に多量の放射線源がこびりついていて、それが風で巻き上がるはずだから、そう類推している。



開成公園から離れるように左折して、すぐのコンビニで計ってみた。
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ワンブロックも移動しないうちに数値が下がった。高い放射線は局所的だということがわかる。



さらに公園から1キロ程度離れると徐染不要な数値まで下がった。
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福島第一原発にもっと近づいてみようかと思ったが、交通規制で近づけなかった。下のナビ画面の右端に原発所在地の双葉町の名前が見える。
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高速道路で郡山市を離れ、福島原発にやや近づいてみたが、数値は逆に大幅に下がった。報道されている通り、放射線は雲になって、まず北西の方向に移動してから南下して郡山市や白河市に降雨とともに降り注いだことがわかる。


今回の経験で、すくなからずショックだったのは、ちょっと埼玉を離れて福島県に入るだけで、放射線の数値に対する感覚が全く変わること。郡山市の開成公園は周囲のアスファルト道路上ですでに毎時0.23マイクロシーベルトという徐染基準をはるかに超えている。

その歩道上を気にせずに歩いて、さらに桁違いに高線量である公園内へと次々に入っていく。イベントのために集客の広報がなされるため、その高線量地帯へと人々があえて入っていくのだ。


私のような埼玉の人が神経質なのだろうか。ついこの間、0.3とか0.6マイクロシーベルトの数値が出た!ということで、泡喰って上尾市本町公民館の庭を徐染した。

ところが郡山市の市民は、0.6マイクロシーベルトの場所へと集い、花見酒を飲み、ラーメンを食べる。

私は本当は、クルマを降りて、放射線測定器を手にもって、堂々と計測したかった。しかし、私は、クルマの中に測定器を置いたまま、渋滞中もなるべく歩行者に気づかれないように測定した。


楽しげな顔をして公園に入っていく人達に対して、気分を害するのではないか、という気がしたのだ。ましてや、公園の中で子供達と遊んでいる人の脇で計測なんかはじめようものなら、私は公園からはじき出されるのではないか、そんな気もした。


郡山市の方々のこれまでの放射線に対する対策には大変なものがあったと思う。それを私のような部外者は理解しないといけないのだろう。校庭で身体を動かせず、体育館でやる体育や部活、小学生や幼稚園の遊びも室内。花粉の季節でもないのに、外ではずっとマスク。赤ん坊は母親の顔を白いマスクとともに記憶に刻んでしまうかもしれない。この一年間の対放射線ストレスたるや、想像を絶する。



そんななか、一年経ち、徐染もすすみ、有る程度は数値も下がった。郡山市民にとっては、それはプラスとマイナスのバランスをとっての苦渋の決断なのかもしれない。





日本人には「喉元過ぎれば熱さを忘れる」、という言葉がある。これは、太古の昔から台風や地震、噴火、津波に襲われ、災害の多い国土で、心を平穏にして生きていく術のようなものかと思う。仏教の「無常」に通じるものだ。





しかし、放射線はどうなのだろう?つい数十年前までは、放射線災害はこの世に無かったのだ。放射線災害には、「無常」の仏教的精神は持ち込んではいけないような気もする。それは、当座の痛みもなく、悲しみもないのだが、何年も経ってから悪影響が出てしまうかもしれないからだ。




2012年5月14日追記 副島隆彦氏の著書「放射能のタブー」によると、放射線規制値には科学的根拠が無い、とのことだ。国際放射線防護委員会によれば、「メリットとデメリットを比較して最適の基準に設定すればよい」となっている。平常時は年間1ミリシーベルトまで、緊急時には20〜100ミリシーベルトを提言している。国の除染基準である毎時0.23マイクロシーベルトは、年間1ミリシーベルトから計算されている。年間100ミリシーベルトを許容するのであれば、毎時23.0マイクロシーベルトまで大丈夫ということになる。



さて、郡山市での放射線量測定のあと、常磐高速で帰宅の途についた。水戸を過ぎたあたりで、つくば市での竜巻被害を知った。私は急きょ、インターチェンジを降りることとした。

「火災保険の風災補償」へ続く

2012年4月25日 (水)

ラドンガス濃度推移

240425

(図をクリックすると拡大します)

数字データは上から、
 月日
 ラドンガス濃度(ベクレル/1立米)
 大気イオンの有意に高い日
 (データはNPO法人e-piscoさんから拝借しました)
 (上から東京都昭島、長野県松本、神奈川県厚木)
 震源
 マグニチュード
 最大震度記録地
 上尾市の震度


上の折れ線グラフは直近2ヶ月間の自宅(埼玉県上尾市)における、ラドンガス濃度推移です。久しぶりに上尾で震度3の地震が来ました。今回より、ラドンガス濃度のピークを形成してから減少に転じた日、図で言うと赤から水色に変わった日から線を伸ばしてグラフ下部の地震情報に引っ張りました。

地殻からのラドンガス放出があって、濃度測定器P3S-RGDの数値が上がり、それが減少に転じた日から5日以内に上尾で有感地震となる地震が発生しています。


これが地震の予知につながるのかは、難しいな、というのがこの二ヶ月間の実感です。ラドンガス濃度が減少に転じ、「その日を含めて5日間の間に地震がおきる」、これでは期間が長すぎでしょう。


地震予知は、「規模」「震源」「日」が特定できないと予知とは言えないと言われています。ですので、これまで公式に予知できたことは日本では皆無です。


しかし、少なくともその日から5日間、地震に対する気持ちを高めておく効果は有るのかな?というのも素直な感想です。

2012年4月 7日 (土)

ラドンガス濃度推移

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直近の自宅(埼玉県上尾市)のラドンガス濃度推移です。図をクリックすると大きくなります。日にちを赤くしたところは短期的なピークで、下のピンクで示したデータは上尾市での有感地震(上段は内陸型、下段は海洋型)です。その二つを直線で結んでいます。

このグラフから分かることは、「今のところ」上尾市でラドンガスのピークを打った翌日から数日間の間に、上尾市では「たまたま」有感地震があったということです。

前回の記事でも書きましたが、地殻中には天然ウラン由来のラジウム222(半減期1622年)が含まれています。ラジウムは常に放射線を放出しながらラドン226(半減期3.8日)というガスに変化します。


地殻の空隙に閉じこめられていたラドンガスは微細なひび割れなどで大気中に放出されますが、そのラドンガスを捕捉することで、逆に地殻変動を推測し、地震予知にならないか?という思いで計測を続けいてます。

まあ、自分でやりながらも、

「おたく」

な部類に入るかなとは思います。1年ほど続けてみればラドンガス濃度と地震の間に関連があるのか、無意味なのか分かるかと思います。

今回からグラフには大気イオン濃度の有意に高い日も載せてみました。グラフの中の赤字で「」と書かれた日がそれです。(ラドンガスと大気イオン を参照)

これに目を付けて、ラドンガスではなく、大気イオンを観測して地震予知を使用というNPO法人があります。イオン濃度の有意に高い日については、e-pisco  というNPO法人が集計しているデーターから拝借しました。観測地が東京都昭島、神奈川県厚木、長野県松本というように埼玉県上尾からは離れていますので、関連性がどれだけ取れるかわかりませんが、こちらもウォッチしていこうかと思います。









2012年3月18日 (日)

講演の感想7 松居和氏の子育ての話

上尾商工会議所の聚正(しゅうせい)義塾3月講座は、子育てに焦点を当てて日本の将来に警鐘を鳴らす、松居和(まついかず)氏の話でした。

案内に書いてあったテーマが

「先進国社会における子育ての現状」

というものだったので、子育てを現実に控えたご夫婦や、今現在子育てに悩むご夫婦、あるいは保育・教育関係者向けのニッチな講演になるのではないか?と思っていました。ところが話は大きかった。この方は国士でした。国の将来を熱く考え、悩み、行動し、広く伝える、そういう方でした。

当日配られた資料に、松居氏のプロフィールが書かれていました。冒頭に、カルフォルニア州立大学の民俗芸術学科へ編入し、尺八奏者としてスピルバーグ監督の「太陽の帝国」などの映画にも参加・・・・・などと書かれていました。この三行を読んだだけでふつふつと興味がわいてきました。これはPTAじゃないぞと。



松居氏の30年もの米国生活で彼がかいまみたもの・・・それは、3人に1人の未婚の母の存在でした。そして母子家庭は社会から攻撃に晒されやすい。その対策として取られようとしている政策が、21歳以下の未婚女性が子供を生んだら全員を孤児院に入れよう、というもの。現在の大統領候補の一人、ギングリッジ氏が推奨している政策らしいです。その理由は国の財政でした。未婚の母から生まれた子供は犯罪率が高い。牢屋に入れると一人あたり年間1600万円のコストがかかる。孤児院に閉じこめた方が安く上がる、というのです。

お金の問題なのでしょうか?そこには幸福論がない、と松居氏は言いました。


松居氏は続けます。
人類は、0歳から3歳の赤ん坊を育てることによって、忍耐力を育ててきた。赤ん坊は、あるとき笑顔を見せる。必ず見せるときが来る。親はそこで、「自分はいいことをしている」という感覚を得ることができる。赤ん坊が泣けば、なんとか努力して泣きやんでほしいと思う。たいていは泣きやまない。無心になって抱くと泣きやむ。これが非言語コミュニケーション、非論理的コミュニケーションを育てた。子が親を育てたわけです。


集団で砂遊びしている4歳児たちが、実は完全なる人間なのではないか?と言われました。頼り切っている幸せがそこにはあると。親友とは、かけひきのない人間関係。砂遊びをしている幼児は親友に囲まれているとも言えるのでしょう。

また、コンビニの前で茶髪でたばこを吸っているような、いわゆる不良少年が、赤ん坊を抱くのが上手だったり、幼児の人気者になることあると。ハートが通じるのだと。幼児の人気者は宇宙の人気者。それまで社会からのけ者にされてきた少年は、赤ん坊を通じて宇宙から教えられる。


「生きているだけでいいんだよ」

と。



福祉が進めば、幼児虐待が増える、と言われました。松居氏は続けます。

保育園が、



「人」に預けるではなく、

「場所」に預ける

「システム」に預ける

にどんどんなっている。


国は、雇用のために保育士を大量に作り出そうとしている。そこに幸福論が無い。米国の教育界では、一生懸命やる人、感性の鋭い人ほど、精神を病んでやめていく。子育てのシステムに保育士の「幸福論」も関数として入っていない。「子育て」が「仕事」になった瞬間にハートのある人からやめてしまうのが問題になっている。


それでも日本はまだ奇跡的に救いがある。保育園の中には保育士魂を持った人がいる。どの赤ん坊も、初めて歩くときがくるが、それを保育士が見つけても、親には内緒にしておく。「もうすぐ歩けそうですよ」と。あるいは、保育園で一人でトイレが使えるようになっても、やはり黙っていて、親には、「もうすぐ一人でトイレが使えそうですよ」と言う。そうすることで、親が自宅でそれを自分が発見する喜びを体験してもらっている。



すると親は保育士に感謝する。その感謝によって保育士が育つ。やがて親は、一日保育体験で、うさぎの格好をして保育園を訪れる。すると他人の子供にも責任が芽生えてくる。これが部族というもの。頼れる人が他人にもいる、ということを知る。これが部族の絆なのだ。



松居氏は、「愛」の対立語はなんでしょうか?と問われました。

「憎しみ」でしょうか?

松居氏は言いました。

「違います」  「無関心なのです」

と。


自分の子供への無関心、他人への無関心が、社会、国への無関心に繋がっている。そこに、言葉や理屈の上での絆はあっても、部族の絆は無い。それは愛が無いということ、そう理解しました。



次に、うつについて話されました。



「自己実現」を重視する社会になった。「自己実現」は「自己責任」の世界。そもそも自己責任なんかは無理だ。それはやがて「自己嫌悪」に陥り、うつの原因になる。他己実現がいいのだ。他己実現には他己責任がついて回る。これが助け合いの精神、絆である。「絆」はもともと馬を縛る綱。縛られることに耐えることによって、守られ幸せも生み出される。


「夢を持て」とよく言う。これは、「欲を持て」=「勝て」ということ。


勝つことだけがいいこと、になると忍耐を受け入れる意欲がなくなる。結婚し、子育てをするということは忍耐を受け入れること。男が家庭を受け持つときに、社会でのパワーゲームを持ち込むと幼児虐待、女性虐待に繋がりかねない。フーテンの寅さんのように無欲で、無心でないと子育てはできない、赤ん坊は泣きやまない。昔話もなまけものの昔話が人気があった。松居氏は、主婦のうつや子育てノイローゼ、学校の先生のうつについて大変危機感を感じておられました。まずは親の健康、先生の健康を考えないといけないと。子供に毎日簡単なカレーライスばかり作ってしまい自己嫌悪に陥っている主婦に対して、1年半インドに滞在していた松居氏はこう答えたそうです。


「インドではずっとカレーです」と。


最後に塾生からの質問に答える形で、女性の社会進出について話されました。これはペテンであると。アダムスミスの「国富論」から次の言葉を引用されます。


「資本主義では、不安と不満をあおれば競争する」


女性に不安と不満をあおり、競争社会に取り込む。経済競争に参加させる、それが男女共同参画社会の隠された一面なのだということでした。



幸せのものさしをしっかり持っている女性であれば自分流にアレンジして上手に颯爽と乗り越えられるかもしれません。そうでないと、時代の空気、大きな気団のようなものに流されてしまうかもしれません。20年ほど前に、キャリアウーマンという言葉が流行りました。その前はOLですね。今、大きな会社で働く女性達は、「サラリーマン」と呼ばれつつあるらしいです。この表現はどうなんだろう?働き蜂と言われた男性サラリーマンにさや寄せするのがいいことなのか、どうなのか。幸せのものさしをどうとるか、結構大切かもしれません。



子育てに限らず、福祉のしくみから、幸福論が抜け落ちている、それが社会の力をどれだけ削ごうとしているか・・・・。私は講演を聴いている間、涙がにじむ時がありました。松居氏も後半、数十秒黙り込むことがありました。講師が涙をこらえて話す、強い印象を受ける講演となりました。ありがとうございました。

2012年3月15日 (木)

地震予知への試み

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上のグラフは、埼玉県上尾市にある自宅の、直近のラドンガス濃度(1立米当たりベクレル)7日移動平均である。(クリックすると大きくなります)

地殻を構成する岩盤は、岩石中に微量に含まれる天然ウラン(U238)が放射性崩壊して生じるラジウム(Ra226)を含み、このラジウムが放射性崩壊して生じるラドン(Rn222)がガス状になって、地殻中の空隙に存在する。ラドンガスは最終的に幾度かの崩壊を経て、我々が手に持つことの出来る鉛となって崩壊を終了、安定する。

岩盤に微細な亀裂が入ると、空隙に閉じこめられていたラドンガスが放出され大気中に飛散する。その大気中のラドンガスを捕捉することによって、地殻の割れ、つまり地震の発生を推測できるとする学説がある。


そこで、アメリカより簡易型のラドンガス測定器(Radon Gas Detector Pro3 Series)を購入し、先月より測定を開始した。電源を入れた直後から数日間は数値が異常に高かったが、2月中旬過ぎから数値が安定し信頼できるようになった。


ラドンガス濃度は季節要因と天候要因、個別の環境要因があり、一般的に地表温度が上がるとラドンガスの放出がやや増加するという傾向がある。個別の環境要因とは、計測場所の地下岩石に含まれる天然ウラン由来のラドンの多寡や、石材、コンクリート等の建築材料に含まれる天然ウラン由来のラドンの影響である。


日本の大気中のラドン濃度ははおしなべて立米あたり13ベクレルと言われている。地盤が花崗岩質の北欧や北米は100ベクレルを超える地域も多く、アメリカではラドンガス測定器は温度計のようにポピュラーな物としてスーパーで販売され、室内や地下室からラドンガスを抜くパイプを設置した住宅建築が推奨されたりしている。日本でも同様に、花崗岩質の多い西日本では関東よりも高目の数値となっている。新聞で毎日発表されているモニタリングポストの放射線の値が、西日本の方が埼玉より高いことに気づかれている方も多いだろう。



また、住宅の構造別に見ると、日本では、木造住宅が立米あたり12.9ベクレル、コンクリート造が23.1ベクレル、コンクリートブロック造が42.5ベクレルとなっている(出典:下道国、山田裕司著 環境放射線セミナーシリーズ No.27)。私の自宅はコンクリート造のマンションのため、木造より高い値になっている。


私の購入したラドンガス測定器は、できるかぎり天候要因を排除するために、7日移動平均値を表示するようになっている。そのため急激な変化を表示することができないが、数日間の傾向を知ることはでき、また数日間のピークも知ることができる。

上のグラフに戻ると、赤で示したピーク値を数日過ぎると、関東近辺において、マグニチュード5以上かつ上尾市で有感となる地震が発生していることがわかる。これがたまたまなのか、なんらかの因果関係があるのか、まだ測定を始めたばかりなのでわからない。今後測定を重ねて経験値を増やしていきたい。





2012年2月 7日 (火)

講演の感想6 新井順子氏のワインの話

上尾商工会議所の聚正義塾1月の講演は、ワインで有名な新井順子氏。タイトルは、「農業の国、フランスで無農薬のワイン作り」というもの。


女性がワインの話をするということで、ほんのりと楽しくライトな講演になるかと思っていました。もしかしたら、ワインの試飲があるのでは?などと想像したり。ところが、のっけから予想外のことが。



講師である新井氏が時間になってもやってこない!



事務局によれば交通事情ということ。ということは思ったより道が混んでいたのか、電車が遅れたか、ということでしょう。まさか家を出るのが遅かったとか、忘れていたとか?ではないと思います!



この間、事務局は上手に時間を使いました。3分間スピーチを始めたのです。「私とお酒」というテーマが与えられました。まず事務局の一人が見本を見せます。そのあと、この日の塾生の担当班から一人が選ばれて、スピーチ開始。ところがどんな人選基準だったのか、お酒が飲めない人による「私とお酒」のスピーチとなり、ちょっと大変そうでした。



そうこうするうちに、予定より25分ほど遅れて講師の新井順子氏が到着。どのような入り方をするのか、こういうことも勉強の一つと思って、注目させて頂きました。



「皆様の最も大切な時間を無駄にしてしまってすみませんでした」



という謝罪から入られました。誰もが持つ時間の大切さに触れられました。言い訳は無しでした。



そして自分のプロフィールの話に入りました。すごく早口の方でした。最初の内は、遅刻した分を取り返すために早口で話しているのかと思ったら、どうやらいつも早口だとのこと。頭の回転が速い、という以上に、頭の中に話したいことがぎっしりと詰まっている、それを短時間に効率的に目の前にいる聴衆に余すことなく伝えたい!と言う熱さを感じました。



そして、なんとそのプロフィールの話がずっと続きます。ときどき脱線し、「何を話してましたっけ?」と。思い出して、なんとか話の本流に戻ります。この辺は、私が饒舌になったときの癖でもあるので、ちょっと親近感。90分の持ち時間のうち、45分くらいが自己紹介でした。でもその自己紹介がすでに本題の一部となっているのだとわかりました。

では、印象に残った話を。



新井氏は、もともとサントリー所属のワインコーディネーター。しかしメーカーに属している限り、そのメーカーのワインを美味しいと言わないといけない矛盾に苦しむことになり独立。小さなワイン教室を開き生徒数はのべ400名に。ことワインに関しては自信満々の中でさらに上を目指し36歳でフランスのボルドー大学へ留学。


と、ここまではよくある脱サラ独立、留学の話です。次に、フランスでのワインづくり、無農薬農業の苦労話になります。40歳の時に買い取ったフランスの無農薬ワイン畑に実ったブドウが鹿に大量に食べられてしまう話、二年目はせっかくできかけたワインの詰まった樽が洪水によって台無しになってしまう話など。それらを乗り越えて今があると。こういったセミナー話は、だいたいが自慢話で、それは仕方ないと思っていますが、自慢話にに聞こえそうで聞こえない、絶妙にバランスを取ってのお話でした。

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新井順子氏の作られたワインのひとつ。ネットで購入できるものもある。







さて、すごいスピードで展開するこの日の講演の中で私が「ん?」とか、「え?」と興味を持った言葉が出てきました。



「波動」と「月の満ち欠け」




です。



まず、「波動」ですが、彼女は自分の畑のブドウに日本語で話しかけるのだそうです。なんどもなんども自分の畑のブドウや畑の土のことを「子」と言っていました。「私の子」、とか、「子供達」みたいに何度も言っていました。土やブドウに話しかけることで、波動が伝わるのだそうです。水に向かっても「いい子いい子」と褒めるといい結晶になり、けなすと形の悪い結晶になるとのことでした。



以前テレビで、観葉植物にモーツァルトを聴かせるとよく育つという番組がありましたが、そのたぐいでしょうか。音楽は音波を発生し、それが植物に感知される可能性がありますが、言葉にもそのような力があるのでしょうか。声も音波を発しますから、有り得ない話ではないですね。



植物ではなく土や水はどうだろう・・・・・?土の中の微生物やみみず、虫などの存在を考えると、土はまったくの無機物とは言えないですね。土も生き物。水も、攪拌すると分子の結合が離れてまろやかになる、という説がありますから、微細な振動が影響しなくもないのでしょう。



ちなみに、カイワレ大根にビバルディの四季を聞かせた実験では、音楽の出る方にカイワレ大根が向いていました。音楽から好ましい影響を受けて近づいて行こうとしたのか、音楽をストレスと捕らえそちら側の細胞の成長が抑制されて傾いた、のかは分かりません。しかし、カイワレ大根が一斉にスピーカーの方に向いている写真を見たら、音楽をもっと聴きたい、という気持ちをカイワレ大根から感じました。



植物は音波を感知することは確かでしょう。クリーン工場で野菜を生産する野菜工場が増えつつありますが、モーツァルトを流すレタス工場があるそうです。同じ工場生産のレタスが店頭に並んでいたら、モーツァルトを聴かせたレタスを買ってしまいそうです。

音楽とぶどうの生育の関係を調べた実験もありました。←リンク



次に「月の満ち欠け」です。



バイオダイナミクスなる農法が1920年代のドイツに生まれ、ヨーロッパではこの自然の力を最大限に生かす農法を守る農家がいまだにあるようです。その中で、月の満ち欠けは、重力が関係するようです。新井氏は当初、このバイオダイナミクスを自分の畑で実践していたとのことでしたが、ネットを見たら、最近になってやめてしまったようい書いてありました。



月の満ち欠けについては、樽の中のワインの澱(おり)について語られていました。実はここの部分のお話をしっかり聞き取れなかったのですが、樽の中の澱(おり)が沈む沈まないという話を、月の満ち欠け、満月と新月に絡めて語られていました。



満月と新月は地球と太陽と月がほぼ一直線になること。満月は月が太陽の逆側にあるので、月が太陽光線を浴びて地球側の半球全体が反射し、まん丸く光ります。新月は全く逆に、太陽の方向に月が来て、地球からは陰の半球部分しか見えない、つまり夜空の中では真っ暗ということです。

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この満月、新月のときは、太陽と月の引力が一直線に地球に働きます。地球が回る遠心力も合わさって、この一直線上にある地球上の物体、たとえば海の水が最も引っ張られる時です。自転も関係して満潮、干潮として私たちの目でも見ることができます。満潮時はその地点の重力としては、軽くなるときですね。ワイン樽の中の澱も軽くなり、底から離れてワインに混ざるのかもしれません。澱はワインのうまみの成分でもあるので、樽からワインを取り出すときに、満月、新月の時期を狙い、絶妙なバランスで澱が混ざっているのがいいワインということなのかもしれません。深い話でした。




また、新井氏は高気圧の時は澱が下がる、と言われていました。もしワインが開放された樽やグラスにある場合、ワインの上面を下に押す力が高気圧のときほどかかります。冬に日本に西からのシベリア高気圧がやってくると日本近海の海水面は下がり、東側の低気圧の海域はその分海水面が上がるのと同じです。ではワインの中の澱はどうなのでしょう。すでに液体の中にある物質も下向きの力を受けるのでしょうか?





圧力と引力(=重力)は別物です。ある物質に圧力をかけた場合、その物質の中にある別の物質は、均等に四方八方から圧力がかかるはずです。

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( 水圧=大気圧である1気圧 + 水深10mあたり1気圧)

水深100メートルなら11気圧が四方八方から均等にかかる。





人間が深海にダイビングして、深くまで行けば行くほど高圧になります。10メートルもぐると1気圧高まります。海の中にいる人間を下に、つまり海底に向けて押し下げる力が働くのではなく、回りに大量にある水の水圧によって人間を四方八方から押しつぶす力がかかります。




では、ワイン樽の中の澱についてですが、高気圧の日はワイン樽そのものをぎゅっと小さくする力が四方八方から働きます。樽が密閉されていれば、樽の中の空気の圧力が高まります。でも液体は圧縮されてもほとんど体積が変わりません。ワインに変化が無いということは、ワインの中の澱もなんの変化も見られないと思います。ということで、新井氏には失礼ですが、高気圧のときに下向きの力は働かず、澱が底に沈みやすくはならないのではないかな?と思いました。



いろいろと科学的につっこむと、夢もロマンも無くなるのかもしれませんが、理系チックな話題が好きな私には、興味が湧く話題でした。こういう熱さを持った方の話はどんな分野でも面白いと感じます。また私もフランスのお隣ベルギーに住んで学生をやっていた経験があるので、親近感もありました。



新井氏が最後の締めの方で、フランスと日本の雇用関係の違いを語っていました。フランスでは一度雇用すると、なかなか切れない、ということを嘆いておられました。おそらく畑の経営で雇用した人に問題があったのでしょう。固定的な雇用関係があるのと同時に、採用市場はオープンで、日本のように春に一斉入社、というのはなく、随時募集、随時入社ですね。これはベルギー時代に教えられましたが、一斉に同じ時期に大量入社するのは日本と韓国のみのようです。大学の秋入学が言われ始めましたので、この辺は日本も国際化していくのでしょう。



お酒に関しては、私はベルギービール派なのですが、新井氏の話を聞かさせていただき、たまには赤ワインでも飲んでみようかな?そんな気分になる講演でした。ありがとうございました。

2012年1月22日 (日)

講演の感想5 上尾と地震

2011年12月26日上尾市プラザ22において、埼玉代協中央支部主催で、上尾市市民安全課の方を講師にお呼びし地震対策セミナーを開いた。これは、今後30年間で88%の確率で発生すると言われる東海・東南海地震に備えることを目的としたもの。

2012年1月23日追記:東大地震研究所は、M7と推定される南関東地震の発生確率を今後4年以内に70%、30年以内に98%の確率とした。


セミナーの要旨は下記の通り。


1.上尾は、阪神淡路大震災型の建物倒壊を中心とした被害となるだろう。阪神淡路では死因の83%が倒壊建物・家具による窒息・圧死・外傷。

2.東日本大震災時の上尾での帰宅困難者は120名おり、上尾駅西口の谷津公民館、プラザ22、コミュニティセンターに泊まった。

被害は、

死者ゼロ 、重傷1名、軽傷3名。

建物半壊2件、一部損壊343件。

墓石・灯籠転倒16カ所。ブロック塀転倒16カ所。

地割れ6カ所。停電36,000世帯。

3.上尾に最も近い活断層は、綾瀬川断層で、鴻巣〜伊奈町へ通っている。北は深谷断層に連なる。埼玉県西部には名栗断層〜立川断層がある。

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4.過去の上尾の震災被害は、
①関東大震災(1923年大正12年9月1日 M7.9)のときに、死者4名、家屋損壊126棟。埼玉県全体では、県南東部を中心に死者316名、負傷者497名、家屋損壊9,268棟。
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関東大震災時の都心部の火災による煙を立川から撮った写真。距離的には上尾からもこのような煙が見えたと思われる。


②西埼玉地震(1931年昭和6年9月21日 M6.9)のときに、死者ゼロ、家屋3棟損壊、墓石・灯籠は全て東向きに倒れた。埼玉県全体では、死者11名、負傷者114名、家屋損壊172棟。灯籠が全部東に倒れたということは、最初の大揺れが西に揺れ動いたということだろう。
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5.綾瀬川断層による地震被害の予想
上尾市の被害予想は、死者19名、避難者数21,031名、建物全壊313棟。


6.阪神淡路大震災では、1982年(昭和57年)以降に完成した建物は、1981年5月31日施行の新耐震基準となっており、小破、軽微、損傷なしが85%を占める。さらに2000年(平成12年)に再度建築基準法が改正されて壁配置・接合部の緊結、基礎の規定が強化された。


7.上尾市では、耐震診断費の二分の一かつ25,000円を限度に診断費補助をしている。現地診断は10万円程度かかる。木造住宅の無料簡易診断も行っている(図面による)。

8.上尾市の震度計は、本町3丁目にある。

9.上尾市のマンホールトイレは、浅間台公園、上平公園、運動公園など61カ所にあり、年に2カ所増設している。これは断水・停電などにより家庭のトイレが使えなくなったときに公共下水のマンホールに仮設トイレを設置できるようにしたもの。

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災害時マンホールトイレのイラスト(提供:長谷工コーポレーション)

 

10.家屋の消火時は、天井に火が燃え広がったら逃げる(消火不可能)。

11.避難時はブレーカーを切る。復帰時にショートしたり感電する危険がある。

12.めがね、薬、ラジオ、電池、ホイッスル等を枕元に近いところにまとめておく。

13.ハザードマップが上尾市のホームページに公開されている。

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黄色くなっているところが、やや倒壊の危険度が高い。



以上のような話を聞かせてもらった。

保険代理業をしていると、地震=地震保険である。しかし、保険とは別に自助努力の部分、助け合う共助の部分がなにより大切だと実感した。

さて、ここからは私の見つけた余談です。

日本列島は中央構造線という地学上の線により南北に分けられます。朝鮮半島から樺太の間にあり大陸から離れて東進してきた北半分と、上海の東側、揚子大陸東端から分離してイザナギプレートに乗って北上してきた南半分の接合部が中央構造線です。


その中央構造線が上尾の真下を通っているという話。というか、私のマンションの真下です。はい。




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ジュラ紀から白亜紀前期の日本です。黄色い部分です。関東地方は揚子江の東の先、現在の東シナ海というか、現在の沖縄付近にありました。これら南半分が北上して、大陸から来た北半分と合体したのです。

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白亜紀後期の日本。北半分と南半分が合体し中央構造線ができました。少し日本ぽくなりました。

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九州大分、四国鳴門、和歌山紀ノ川、愛知渥美半島、長野諏訪湖から千葉県柏方面へ通じる中央構造線。元々、九州から関東まで直線的に続いていたが、伊豆半島がフィリピン海プレートに乗って日本列島に衝突、北側へ曲げられた。

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そう言われてみれば、線のようなものが見えなくもない?(Google Earthより)

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関東にズームアップします。中央構造線は妙義山の南を通り寄居町、上尾、千葉県柏、霞ヶ浦へ抜けていくきます。秩父長瀞の岩畳は中央構造線南側の岩が露出している部分らしいです。

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さらに拡大。高崎線上尾駅、ニューシャトル吉野原駅、宇都宮線東大宮駅のあたりを通っています。

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ものの見事に上尾駅直下を通っていました。なんと私の住むマンションの真下も通過。1億8千年前のジュラ紀に端を発する由緒ある断層です、っておい。

中央構造線googleマップへのリンク


この中央構造線は綾瀬川断層や深谷断層に平行していますが、活断層ではありません。活断層ではないけれど、地球の内部は常に動いていますから、いつかは動くでしょう。日本の形も変わるということです。ただそれには何万年とかの単位になるでしょうから、気にしてもしようがないですね。地震のメカニズムについてはもう少し勉強してみます。

参考までに日本の自然放射線分布図が下記のリンクから見ることが出来ます。中央構造線より上の部分は自然放射線が強いという特徴を持っていますね。山口県、広島県などは岩石から出る放射線が思ったよりも高いです。

日本の自然放射線分布図へのリンク

2012年1月15日 (日)

上海の不動産バブルは?

年末年始に上海に行って来ました。気分転換のためにたったの2泊で行ってきましたが、石平氏の中国バブル崩壊講演もあったことだし、不動産市況の確認もできたらと思いました。

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上海市常熟路(チャンシー・ルー。旧フランス租界)の不動産屋さん店頭チラシ


上海の街中をブラブラ歩いていると、町の不動産屋さんがあります。その店頭には日本の不動産屋さんと同じく、チラシが貼ってあります。価格が載っていますが、為替レートは2012年1月現在一元は12円程度です。ちなみに、円は人民元に対しても高くなっていますね。4年ほど前に行ったときは一元15円でした。

上のチラシの最も安い建国西路公房という48㎡のマンションが206万元と書いてあります。ということは2,472万円。坪単価154万円。現在のさいたま市の中古マンションの平均値くらいでしょう。上尾市の中古マンションの坪単価は80万円から120万円くらいです。建国西路は旧フランス租界にあって、東京で言うと港区青山、麻布、広尾のイメージです。これらの場所の坪単価は新築で300万円程度。東京都心との比較では安いかな、という気がしますが、中古は程度がピンキリなので比較が難しいです。


ネットで価格推移を見てみました。          

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(グラフをクリックすると拡大します)

オレンジのラインはこの12か月の建国西路211弄というマンションのある街区の平米単価推移。平米単価42,847元と書いてありますので、円に換算した坪単価は170万円。さいたま市の新築マンションがこれくらいでしょう。



中国の不動産で注意しないといけないのは、土地の所有者はあくまで国で、使用期間がそれぞれにあって、限られていること。住居は70年、商業向けは50年となっているようですが、いざ使用期限がきたらどうなるのかはただいま論議中らしいです。自動継続の話もあるし、国から補償金が払われて返還という話もあるそうですが、共産党政権の存続の可否のことも考えると不確定要素が大きそうですね。これを考慮にいれるとディスカウントは数十パーセントにはなるでしょう。参考までに、日本で定期借地権マンションというのがありますが、50年後に更地にして地主に返す土地に建つマンションのことです。中古で売買する場合は、やはり残存年数により価格がディスカントされています。50年残存のスタート地点ですでに7がけくらいの価格です。残り1年を切る残存期間ですとただに近い価格になるでしょう。当ブログ記事での中国の不動産価格には、とりあえず残存期間は無視して書いていますのであしからず。いろいろ物件広告を見ていると、租界時代の屋敷も残存期間30年などの物件がありましたから、どこかの時点で継続されているのかな、という気もします。




さて、上のグラフに戻りますが、オレンジの折れ線グラフからは価格が崩壊しているようには見えません。いったん下がり、また上がっています。1年前と比べると7%上がっています。ただし、グレーのグラフはこの半年で下落傾向が確かに出ていますね。このグレーの折れ線グラフはおそらく参考に載っているのだと思いますが、復興中路と言って、この物件に平行して走る、やはり旧フランス租界の高級住宅地です。この傾向は注目に値しそうです。


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再開発地区の事例。租界時代からある住宅の外部を残し、内部をリノベーションする。旧フランス租界の思南路を散歩中に撮影。

もう少し見てみましょう。

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こちらは、同じ建国西路の613弄の周辺街区の㎡単価。下の写真は1936年代に造られた250㎡の三階建てテラスハウス内部。上海の旧フランス租界では、建物が古いほど価値がある場合があります。内部のリノベーションをきちんと行うと人気物件になります。現在の売値1600万元ですから円で1億9,200万円。2011年6月に㎡単価75,603元まで上がったものの、その後下がり始め、2012年1月では43,627元です。7か月で42%の急落です。これはバブル崩壊と言ってもいいでしょうね。

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内部がリノベーションされた1930年代建築のテラスハウス。

次に、不動産チラシに延安新村と書かれている1,500万元の物件を見てみます。日本円で1億8,000万円のこれも超高級物件で、やはり三階建てのテラスハウスです。旧フランス租界の、商業地区に近い地域にあります。日本で言うと渋谷の坂を上がった高級住宅地松涛(しょうとう)のイメージです。坪単価換算で192万円。松涛の新築坪単価は青山近辺と同じで270万円から300万円程度ですから、それとの比較では安い感じですね。

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オレンジの折れ線グラフがこの物件周辺の㎡単価推移です。2011年8月に80,250元まで上がり、2012年1月には48,429元と、5か月で40%の急落です。これもバブル崩壊と言って良いでしょう。






次に、私の泊まった瑞金ホテルからほどちかい、やはりフランス租界の静寂な住宅地、思南路の物件を見てみます。プラタナスの並木が連なり、洒落たカフェやレストランが点在する静かな通りです。上海は全体的に喧噪の街なので、こういう静かな通りは貴重です。

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宿泊した瑞金ホテル。敷地が広いため移動はゴルフカート。租界時代のイギリス人の屋敷です。

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プラタナス並木が綺麗な思南路

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思南路のマンション物件。69㎡と日本の庶民向けマンションに近い広さ。

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この物件周辺の価格は380万元、円では4,560万円。坪単価でいうと218万円。場所が人気の通りであるためか、大きな下落もなく推移しています。2011年7月の高値から1月現在でわずか3.4%の下落、ほとんど変化無しです。










最後に、私が誘われて年越しのカウントダウンパーティーに飛び入り参加したマンションです。古北路(クーベ イ・ルー)と言って、日本人学校もある日本の駐在員さんが多く住む地域です。私がお邪魔したのはソニーの現地駐在員さんのお宅。もちろんソニーの社宅扱い ですね。そのマンションの通りを挟んだ隣の街区の物件広告を調べてみました。広さは132㎡と日本人の感覚からするととても広いですが、中国人の感覚では マンションの普通の広さらしいです。

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価格推移を見てみると、秋口に上がって、それがまた下がった、という折れ線グラフになっています。しかし
年間を通してはほとんど変わらず、というところでしょうか。この地区のマンションは外国人向けのマンションなので、駐在員マーケットとして安定的な需要があるのだと思います。そして価格は295万元、3,540万円。上海都心部からは8㎞ほど。東京で言うと世田谷区、大田区あたりの距離感ですが、新しい街のイメージで、国際空港も近いです。坪単価は112万円。これは日本人には安く感じますね。

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日本人や欧米駐在員も多く住む古北路(クーベイ・ルー)のマンション

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近くにはオープンのカフェ、レストランで有名な通り「虹梅休閑」(ホンメイ・シュウシェン)がある

ということで、少ない物件数なのですが、傾向はなんとなくわかってきました。価格帯、地域、広さからみて実需のある住宅で、特にプレミアムがついていなかったような住宅はそれほど下落していない。しかし、円に換算して億を超える物件や、広すぎたり、歴史のある屋敷などプレミアムが付いていそうな物件は、その分がはげ落ちて、この半年急落しており、まさにバブルが崩壊し始めている、という感じでしょうか。

また半年後あたりに、同じ物件か近隣物件で比較してみたいと思います。

2011年12月28日 (水)

講演の感想4 石平氏の話

上尾商工会議所主催の聚正(しゅうせい)義塾12月は、中国から日本に帰化された中国評論家、石平氏のお話でした。

テーマは「中国経済・政治情勢と今後の行方」



講演の最初から最後まで貫かれた論点は、


「中国のバブルは早晩崩壊する」

というもの。私は4、5年前、中国株を売買していたので、それ以来ウォッチをしていますが、不動産バブルの兆候はすでに5年前にはありました。しかしその後も4年間上がり続けた。この現象を日本にあてはめると、ちょうど1964年の東京オリンピック、1970年の大阪万博にあたるのが、北京オリンピックと上海万博になるのかなとも思います。

日本はその後オイルショックで短期的に下降しながらも乗り越えて、さらなる成長を果しました。それを中国に単純に当てはめられるかどうか。私は、希望的観測も含めてできるのではないかと、半分くらいは判断していました。逆に、半分くらいしか思えなかった。持っていた中国株は4年前に全株売却。8倍まで上がりましたが、今は8分の一、つまり元の株価に戻っています。買った株はリチウムイオン電池屋から電気自動車屋に転身しようとしたBYDというメーカーの株。売買を何度かに分けて行ったので、最終的には二倍の利益で撤収しました。







今年の5月に上海に行ったときに、不動産価格を店頭のチラシで少し調べました。東京都心と同じ家賃か、むしろ高いくらいでした。あとは労働生産性との比較です。上海の労働生産性が高かったらその家賃にも正当性がありますから。これは正直、勘です。日本は工場などの直接生産部門の生産性が高く、本社など間接経費を含む販売部門の生産性が低い。上海のビジネスマンはどうだろうか。まだ見極めはつきませんが、上海在住の日本人の方に聞くと、今の中国人の若者は、「草食系」らしいです。ハングリーさは無いのだと。







閑話給題。

石氏の話に戻ります。中国はこの30年間でGDPは92倍になりました。人民元の流通量は?705倍です。つまりインフレですね。2009年のGDPは33.5兆元。新規融資は9.6兆元。約3分の一ですね。インフレにもなるでしょう。





そして今インフレ退治中。物価高は低所得層を痛める。国内の暴動は年間5万件もあるとのこと。治安にも不安があります。ネズミ族というのが大都市に発生していると。これは地下室に大勢で住む大卒未就労者のことらしいです。インテリから貧民まで、国内中に不満が鬱積している状態。かなりきわどいですね。





また、輸出依存度は中国25%、韓国43%、日本11%。日本は意外にも内需の国でした。欧米が不況に陥ると、韓国や中国への影響の方が大きいということが分かりました。







私は、歴史的循環説を結構信じています。人間みな突き詰めれば同じじゃないかと。最後に石氏に質問しました。中国13億人のうち、貧しい人が仮に12億人いたら、日本の昭和みたいにその人達の「追いつき追い越せ」の上昇欲求をエネルギーにして、安価で生産性の高い労働力の供給は途切れないのではないか?と。






そうしたら石氏の答えは、

日本のように、長い年月をかけた技術が中小企業レベルにまで広がっていない。借り物の技術を使い、安い賃金で生産しているにすぎない。日本には大量の中流がいたが、中国は少数の大金持ちと大多数のやる気のない貧民の二層なんだと。






これには参りました。希望が無くなりそうです。でも石氏の考えは石氏の考え。私自身の考えを持つために、もう少し中国をウォッチし続けたいと思います。

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    1930年代の上海。中国であり、西洋であり、日本であった街。日中ハーフの一人の女性が日本と中国の間の戦争を回避しようと動いていた。私の個人的な興味にもとづくブログです。